最近読んだ本


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Companero: The Life and Death of Che Guevara
Jorge G. Castaneda (著)



チェ・ゲバラのバイオグラフィー。
年少期から、彼が処刑されるまでを丁寧に書きつづってある。
彼の家族、特に母親との関係。

色んなことがあって、革命家であるチェになった。
人はやっぱり人がそうなる理由、というか過程みたいなのがある。
なぜ彼があの時あぁいう行動を取ったのか。
本当のところは本人にしかわからないこともたくさんあるのだろうけれども、
こうして辿って見えるものもある。




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Pirates of the Caribbean: Axis of Hope
Tariq Ali (著)




最初は、チャべスについて書いてある本が読みたいと思って、
本屋にいったら店員さんから勧められて読んだんだけど、
なんともスカッとする言い方をする作者で読んでて気持ちがよかった。



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India: A Wounded Civilization/インド―傷ついた文明
V. S. Naipaul (著)/工藤 昭雄 (翻訳)
【あらすじ】数百年に及ぶ異文化の征服と支配は、文明に決定的な傷を残した。自立の精神や創造力を失い、古めかしい生活規範と宗教的戒律に、何の疑いも持たず従うことしかできない人びと。もはや幻影でしかない偉大な過去への依存から逃れる可能性はあるのか。独立は、新たな空虚と混沌を生んだにすぎないのか。一九七五年に出された「非常事態」宣言下にあるインドを旅する作家は、ガンディーやナーラーヤンへの鋭い批判も交えながら、父祖の地の病理を真摯に問う。迫力ある紀行。



トリンダット島で育った作者が、
実際にインドに戻ってみてその経験を綴った話。
彼の言葉の使い方がすごく好きで、
読んでいて引き込まれました。
インドの歴史についてはまだ齧るほどしか知らないから、まだまだ勉強が必要。









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thema:読んだ本。 - genre:本・雑誌


カブール・ノート/山本 芳幸
カブール・ノート 戦争しか知らない子どもたち
カブール・ノート 戦争しか知らない子どもたち
山本 芳幸
【あらすじ】戦争の本当の悲惨さを、なぜ日本のメディアは伝えないのか!米国のエゴ、テロリスト掃討の犠牲になる市民、捕虜への虐待、一方的で横暴な捜査…。現在イラクで日々発生している悲劇は、アフガニスタンですでに起きていた―。国連難民高等弁務官として戦地・カブールで悲しみの現実に触れ続けた著者だからこそ描けた“悲しみの真実”とは。

【目次】
1 アメリカの一撃
2 戦争しか知らない子どもたち
3 神の戦士たち
4 オサマ・ビン・ラディンという現象
5 夏の総攻撃
6 アフガニスタンの女たち
7 カブール・日曜、午後四時の電話
8 ネイビーブルー・チルドレン
9 私は君の側にいる
10 国家、あるいは私の独立
11 hard revenge‐no.3

なんだかものすごく色々考えさせられちゃった。
本当にメディアの影響ってのはすごいよね。
私たちはいつもメディアが本当に真実か問いかける必要があるよなぁ。
これは、mass comのクラスでも勉強したけれど…。

だけど「知らない」ってことは本当に怖いことだわ。
この世の中たくさんの情報が溢れてる。
世界中のことを知ることができる。
でも、果たしてそれが本当に「真実」なのか。
そう考えると「真実」とはなんなのかって問いかけたくなる。
でも本当にアンテナを張ってないと駄目なのよね。
だって惑わされちゃうもん。情報がありすぎて。

でも思うことは、どんなに調べて、どんなに本を読んでも、
やっぱりこういうことを知るってのは現地にいないとわからないと思う。
この人も実際こうして行って、そこに長いこといるから、
nativeの視線で見ることもできる。

なんかうまくいえないけれど、ものすごく「むなしさ」を感じる。
本当の真実が何かなんてわからないけど。
実際に起こってることを目の辺りになんてできないから、
本当にどうなってるのかわからないけど。
でも、やっぱりアンテナは張っていたいよ、自己満足であろうと。

Posted by あすか。
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1984/George Owell
1984年 1984年
George Orwell、ジョージ・オーウェル 他 (1972/02)
早川書房

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【邦題】1984年
【内容】1984年、世界は三つの超大国に分割されていた。その一つ、オセアニア国では<偉大な兄弟>に指導される政府が全体主義体制を確立し、思想や言語からセックスにいたるすべての人間性を完全な管理下に置いていた。この非人間的な体制に反発した真理省の役人ウィンストンは、思想警察の厳重な監視をかいくぐり、禁止されていた日記を密かにつけはじめるが…。社会における個人の自由を人間性の尊厳の問題を鋭くえぐる問題作。


てこずったANTHペーパーがこの小説について。
この小説の中の世界と、現在のアメリカで似ていることは何かというのがお題。
初めて読んだのだけれども、とても暗い小説。
英語で読んだので、この日本語訳がいいのかわからないけれど、
この本はぜひ一度は読んでみるべきだと思う。

私のタイプの小説ではないので、きっとクラスのためじゃなかったら、
決して読まなかっただろうなぁとおもう。
でも、全部読み終わって色々考えてみて、読む価値が高い小説。

著者は1948年に、未来のことを想像して書いた。
その想像された世界が現代の世界とパラレルが多くて驚いた。
だから、逆に怖くなる。

とてもよく紹介されたサイトがあるので、載せておきます。

・オーウェルにおける革命権力と共産党
・ビック・ブラザーを好きにさせられる
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thema:洋書 - genre:本・雑誌


Out of the Dust
Out of the Dust (Apple Signature Edition) Out of the Dust (Apple Signature Edition)
Karen Hesse (1999/01)
Little Apple

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【著者】Karen Hesse
【内容(「BOOK」データベースより)】詩人・伊藤比呂美によって訳された日記のような詩、詩のような小説。1934年、大恐慌まっただ中のアメリカ・オクラホマ。14歳の少女の強靱で無垢な魂の叫び。ニューベリー賞受賞作品。
【内容(「MARC」データベースより)】1934年アメリカ・オクラホマ。14歳の少女ビリー・ジョーは、無口な農夫の父と厳格な母と、それなりにしあわせに生活していた。しかし、悲劇が…。ビリー・ジョーが語る自由詩で構成された小説。ニューベリー賞受賞作品。


これもまた、Educationのクラスでアサインされたもの。
9歳あたりから12歳あたりまでに書かれた子供用の本。
普通の小説や、歴史を語るような調子でなく、
物語が詩のようにして語られています。

先日読んだ"The children of the Dust Bowl"が
オクラホマなどを出て、カリフォルニアに、
希望を求めていった人たちの生活を描いているのに対して、
この本は現地に残った人々の生活を描いたもの。

視点が14歳の少女のもので、
表現の仕方などなかなか面白くて、
しかも英語が簡単なのですらすらと読めます。

カリフォルニアへと去った人々も、
あっちにいってから色々大変だったけれど、
残ったものたちも、去っていくたちを見送りながら、
砂埃にまみれて暮らす日々の大変さ。

そんな中でもやはり人々の係わり合いは大事なもの。
大変な時期だからこそ、人々は助け合う。
でも、肝心な家族の絆も崩れる時がある。

大切な人を失くしても、やはり進まなければならない。
学ぶことは色んなところにある。
少女の成長をDust Bowlとともに描いていて
とても素敵な本でした。
Posted by あすか。
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thema:洋書 - genre:本・雑誌


Children of the Dust Bowl
【作者】Jerry Stanley
【内容】1936〜1940にアメリカのオクラホマ、ニューメキシコ、コロラド、カンザスの4つのエリアで起こった乾いた風、雨不足による農民の飢えが生じたDust Bowl時代の話。


この本は子供用に書かれた本なんだけれども、
教育学のクラスの宿題で出された本。
こんなのがあったなんて知らなかったんだけれども、
とても勉強になって興味深い話だった。

本当にDust Bowlの時代は、4,5年続けて雨がまったく降らず、
乾いた風が砂嵐を起こして家の中は砂だらけ。
もちろん農家も砂だらけて、まったく食物が育たない状況。
悪循環が続き、農民たちは次々と農園をなくしていく。

仕事がないので食べ物もなく、飢えに苦しむばかり。
そんな中で、カリフォルニアには山のように仕事がある、
という噂が流れて、たくさんの人々が、
生まれた土地を捨て、農家を売って、車でカリフォルニアへ。
持っていたすべてのものを売っておんぼろの車を買った。
もちろんおんぼろなので途中で壊れることもあった。
食べ物だってろくにないので、本当にその日暮らしの生活。

それでもカリフォルニアでのまともな生活を夢見て、
人々は車を走らせた。
カリフォルニアに着くと、すぐに彼らは宣伝したいたほど、
仕事なんてないことを知らされる。
どこにいったって、"No Job here"という看板が張られていた。

あまりにもたくさんの人々がカリフォルニアに訪れたので、
雇い主は誰もかれも雇えず、そして、あまりにもたくさんいたせいで、
賃金は安くなるばかり。たとえ安くても家族のため働かずおれず、
すべては悪循環。

カリフォルニアの住民たちは、彼らをOkiesと呼び嫌った。
彼らがカリフォルニアにきたおかげで、カリフォルニアの住民たちが
払う税金が一気にあがってしまったからだ。
カリフォルニアの人々は、Okiesを自分たちよりも劣った汚いものと見た。
Okiesの子供たちは着るものもまともになく、食べ物もない。
学校へいったとしても、本もなければ、文房具もない。
他の子供たちからいじめられ、からかわれ、教師からも無視された。

そんな中、Leo Hartという人物が立ち上がった。
彼はWeedpatch Camp
(政府が仕事も住むところもないOkiesに与えた住居地帯)
に通って、Okiesの子供たちと話をした。
彼は、子供たちが学校でどんなひどい扱いを受けているかを知り、
憤慨に思い、助けたいと思い、それを実行に移した。

PTAや学校自体が、Okiesを公立学校にほしくないのならば、
自分たちでOkiesだけの学校を作ってしまおうと決めたのだ。
Leo Hartは、数人の人物を教師として雇い、学校を建て始めた。
学校は、Camp内の人々、子供たち、
Leo自身、そして教師たちによって、
何もないまっさらなところからつくりはじめられた。

Okiensの子供たちは、この学校で、
普通の学校で習う数学や、化学、英語などといった
基本的なことから、自分たちの生活に役立てることができる、
エンジニア、農業、裁縫なども習った。

今まで「ごみ」のようにして扱われてきた子供たちが、
この学校のおかげで、自分たちのプライドを取り戻した。
たくさんのことを学んで、彼らはたくさんのことを経験した。
普通の公立学校よりももっと充実したプログラム。
学食はすべて、子供たちが授業の一環として育てた野菜や、
育てた家畜たちから作られた。
すべてが、学校、子供たち、教師たちの手で作られた。
後に彼らはこの学校での経験をいかして、
それぞれの職で成功していった。

この本は写真もたくさん載っているんだけど、
とても興味深くて、ちょっと心動かされた。
たくさんの苦労を乗り越えてきたOkies。
Okiesであること自体、彼ら自身でいること自体を、
否定されることはとても辛い経験だっただろう。

それでも、彼らは戦った。
もちろんたくさんの人々が飢えや病気でなくなった。
貧しかったので何もできなかったのだ。
生き抜いた人々は、どれだけの苦労を経てきたのか、
私にははっきりいって想像もつかない。

けれども、「学校」というものの本来の姿が、
この本の中にはあったと思う。
学校というのは学ぶ場所でなくてはならないのよね。
テストのため。テストの成績のため。
いい学校へいくための、学校、ではなくて。
少しずつでもいいから「学ぶ」ことが大事なのよね。

それを最近の私たちは忘れているような気がする。
Posted by あすか。
category:[読書]学問
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thema:読書メモ - genre:本・雑誌


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